馬頭観音めぐり〜岐阜県東濃地方を中心に

旧街道のポタリングやウォーキングで出会った馬頭観音の写真を集めました

馬頭観音の巡り方

馬頭観音(ばとうかんのん)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。観音としては珍しい忿怒の姿をとる。(Wikipediaより引用)

これが馬頭観音の本来の姿ですが、馬の頭を頂いた観音様の姿にあやかって、飼っている馬の無病息災を祈ったり、亡くなった馬を供養したり、馬を使った旅の安全を祈ったりする仏様になっていったと思います。その名残として、東海地方、特に岐阜県東濃地方には多くの馬頭観音の石仏が残っています。石仏に書かれている年号をみると、江戸時代から明治時代にかけて作られていて、馬による物流が盛んだった時期と一致します。本来の馬頭観音は怒った顔をしているのですが、馬頭観音の石仏は優しい顔をしたものも多いです。馬に対する愛情を感じます。

どのような場所で見られるかを少し説明しておきます。

  1. 旧街道の路傍
  2. お寺、特に観音菩薩が祀られているところ
  3. 公民館、集会場

1.はおそらく、馬が亡くなった場所に建てられたのだと思います。東濃地方には信州と名古屋(尾張)と繋ぐ街道がいくつもあったので、色々な場所で馬頭観音が見つかります。ただし、中山道のように有名な旧街道にある馬頭観音は、看板があったりして、大切に保存されていますが、あまり有名でない旧街道沿いの馬頭観音は放置状態で、深いササのなかに隠れていることが多いです。

2. には本来の六観音の一つとして、他の観音様と一緒に祀られているものがあります。そこにある馬頭観音は、ほぼ三面八臂(顔が三つで腕が八本)の姿をしています。そして忘れてならないのが、境内のどこか(隅っこの方が多い、建物の裏にも)、または参道に石仏が一列に並べられているのを見かけたら、その中に馬頭観音の石仏がないか確認することです。家を建てたり、道路を拡幅したりするときに、邪魔になった石仏がお寺に持ち込まれることがあります。ですから、旧街道から少し離れたお寺で、もともと街道にあった馬頭観音が見つかることがあります。

3. には、2.と同じ理由で、古い石仏が集められていることがあります。これが意外に多いので、旧街道の近くの公民館は必ず立ち寄るようにしています。また、建物の裏にあることも多いので、注意深く探します。

 

最後に、車に乗って探すのは不可能です。自転車か徒歩でないと難しいです。また、下ばかり見ていると見逃します。道端が切り立ったところでは、なぜか崖の上にあることが多いです(理由は分かりませんが)。